映画の素晴らしさ

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テレビドラマでは得られない感動

映画には特有の空気感があります。約2時間で収めなければいけないわけですから、物語構成や進行などは、大いにテレビドラマとは違うわけです。

テレビドラマは通常1クールが3ヶ月あります。話数にすると12回前後であることが一般的でしょう。次が気になる、この先どうなるのかが気になるということの繰り返しで、やがて物語は佳境を迎え、収束していきます。映画はそのような物語の変遷を約2時間に収める必要があります。だからこそムダなものがなく、意味のないシーンなどはないのです。私たちはそれらを楽しむ際、時の経つのも忘れてその物語に没頭できます。まさに、2時間違う世界にいるかのように感じることさえあるのです。

民放のテレビドラマには「CM」があります。テレビドラマなどでは「面白い番組を提供してCMを観てもらわなければ」という思惑があります。対して、映画は作品そのものが商品です。テレビドラマは誰に観てもらわなくてもCMを流す以上、広告費が入ってくるのです。ある意味、制作して放映した時点でビジネスは成功しているのです。ですが映画は違います。人に観てもらわなければ、ビジネスとしては失敗です。制作費に巨額を投じても、人が「駄作」と感じてしまえばそれは意味がないのです。テレビドラマよりも、ある意味ではシビアといえます。

テレビ局の番組にはスポンサーがついていて、CMの放映費という予算を投じています。予算を投じた以上、その番組に対する発言権もあるわけです。ですが映画では一般的にはそのようなことはありません。もしかすると、そのような利害関係のある映画もあるのかもしれませんが、海外の作品などのように監督の意見で左右されるものがほとんどでしょう。つまり、作品については監督がすべて責任を持っているのです。その作品がどうなるのか、原作を活かすのか殺すのか、すべては監督次第ということになります。

より芸術として「人」に依存したものが映画です。人が創り、人を楽しませる。それが映画です。テレビドラマにも監督がいるかもしれません。ですが、スポンサーが存在する以上、その利害関係からは離れられないのです。より自由に創作できる映画は、より芸術性を高められるのです。そして、限られた時間の中で最大限の作品を創るために投じられた予算は2時間の中に凝縮されているのです。ですからよりリッチな映像表現が可能です。フルCGのSF超大作や、豪華キャストが一同に会することも頻繁にあるのです。

エンターテイメントの頂点として、私たちの娯楽の頂点として、今も昔も、そしてこれからも変わること無く、映画は君臨し続けることでしょう。私たちはそれらをさまざまなカタチで楽しむことができます。劇場で楽しむ、自宅でゆっくり楽しむ、「見る」という生きていくなかで普通の行為が、「観る」という芸術を楽しむ行為に昇華するのです。私たちはそのようにしてこれからも映画に触れていくでしょう。一生の中で一度も映画を観ないという人は、もしかするといないのではないでしょうか。私たちの生きている時代に映画が存在することに感謝し、これからも好きな作品を好きなだけ楽しむべきなのです。それが「映画」、エンターテイメントのトップに君臨しつづける芸術です。

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